ワード化けしてあるインターネットについて想う実態

検索エンジンを使って、偶々自分が探している疑問の答弁にのぼるウェブを見つけた時折、いつも興奮してしまう。ですがそのウェブを開いて見て、ワード化けしてしまっておることがあります。それを見てたえずおもうことがあります。
「ウェブの用務員様、ワード化けしてしまっていますよ。こういう知見を欲している人類はまだいるよ。」と感情で意見を高めることがあります。実際にはそのウェブの用務員様にインフォメーション決めるにも、ワード化けしてしまっていますから出来ないのですが、そんなに思ってしまう。
「あんなウェブは読み飛ばしちゃえば。」と私のいる同士が言ってきたのですが、僕はそう思いません。もしかすると私の疑問の答えが、こういうワード化けしてしまってあるウェブに記載されているのかもしれないのですから。たとえワード化けしてしまっていても、僕にとっては重要な旨味があるのです。
ペーパーの冊子ではそれほど出会えないスタンスを、インターネットから手にします。その際のワード化けは、ペーパーの冊子にはない足もとだ。その足もとを意識しつつ、ペーパーの冊子を扱っているかのような愛着を持って、様々なポータルサイトとの顔合わせを大切にしている。
お気に入りの「愛読書」ならぬ、「愛読ポータルサイト」を探り当てる「冒険」は、これからも続きます。

ワード化けしてあるインターネットについて想う実態